韓国のIT業界が世界のコピー機と揶揄される時代は終わりました。

依然として旧態依然のコングロマリットを中心とした経済の印象が根強い韓国ですが、スタートアップの数は2011年比で80%も上昇しています。同年にたった1つしか存在しなかったインキュベーターの数はたちまち50以上にまで膨れ上がっており、「次世代のシリコンバレー」としての地位を着実に固めつつあるのです。

本記事では、スタートアップ文化の急成長の裏側と課題について、日本との比較を交えながらご紹介致します。

政府主導から官民一体へ

江南区 。

元々郊外の農村地だったこの地は、1970年代の区画整備を境に繁栄の一途をたどりました。

今では高級スーツを身にまとったエリート層や高層ビルが街に溢れ、次世代の韓国を牽引することを期待される多くのスタートアップが拠点を構えています。

しかし、IT系スタートアップが著しい成長を見せ始めたのはつい最近のこと。例えば、20の韓国系銀行の投資によって設立されたD.CAMPのサポートはベンチャー投資からスタートアップの育成まで幅広く及びますが、こうした取り組みが始まったのもここ2~3年の話だそうです。

最近始まったばかりというスタートアップ文化醸成の背景には、2013年に女性として初めて大統領に就任した朴 槿惠(パク・クネ)氏の提唱する「創造的な経済」というスローガンが存在します。パク大統領の就任に伴って創設された「未来創造科学部」の2014年の予算はおおよそ1兆2,000億円にも上り、その内の2,000億円が若手スタートアップの支援にそのまま投入されるという気合の入れようなんです。

Park Geun-hye, Mark Zuckerberg

(ザッカーバーグと握手を交わすパク・クネ大統領)

パク大統領は、2012年にはたった10社がGDPの80%を占めた異様とも言える韓国の財閥支配から脱却を図ろうと、中小企業の支援にも注力。それまではスタートアップの立ち上げのみに注力してきた韓国政府が、ここへ来て中小企業の海外進出も積極的に推進しています。

韓国のベンチャーキャピタルは実にその60%が政府の支援を受けており、アメリカの1%と比べると非常に大きな差が存在することが分かります。政府による支援はイノベーションの枠を狭めてしまうという見方も出来ますが、長い間政府やコングロマリットを中心にトップダウンで経済を推し進めてきた韓国においては、若者の創造性を取り入れた新しい兆候であると期待されているのみならず、シリコンバレーとも違う新たなITビジネスの文化が形成されると現地でもその活気が頻繁に伝えられているようです。

残された課題

順風満帆に見える韓国のスタートアップ事情ですが、課題も多く存在します。これらの課題は同じ東アジアに位置する日本にも当てはまり、共感する読者も少なくないでしょう。

学歴至上主義

韓国が抱える課題の1つは学歴至上主義。受験シーズンの熱狂具合は日本のそれをはるかに上回るもので、日本でもよくニュースで取り上げられていますね。

実際に、江南区にオフィスを構えるスタートアップの創始者や従業員の多くは一流大学を卒業した超エリート層で構成されています。エリート主義はスタートアップ文化にも影響を与えており、「ビジネス第一」という考え方が未だ色濃く残るようです。

フェイスブックのザッカーバーグを始めとするシリコンバレーの起業家には大学中退者や高校中退者も多く存在し、枠にとらわれない思考が成功につながったケースが多く存在します。韓国や日本に色濃く残る学歴主義は、「優秀な人材」を生み出す一方で、イノベーションを抑制していることも十分考えられるのです。

 ガラパゴス化

日本でももはやお馴染みとなった「ガラパゴス化」は、韓国においても課題として残されています。国内の需要や趣向を重視した結果、いざ海外へ飛び出ようとしても他国や他地域のニーズにマッチできず、苦戦を強いられてしまうというわけです。

国際的な障害が極めて低いインターネットビジネスにおいて、スケールの観点から「ガラパゴス化」は致命傷と言って過言ではありません。

以前にLINEのライバルである韓国系のカカオトークが展開するローカル戦略をお伝えしたように、韓国発スタートアップは既にガラパゴス化に危機感を覚えており、その他の韓国発スタートアップでも「グローバルな視野でローカルにサービスを展開」する必要性への認識が高まっているようです。

起業家精神を抑圧する倒産法

スタートアップ最大の悩みである資金繰りを更に複雑にするのが韓国の倒産法です。

韓国の法律下ではローンの貸付が完全なる個人保証の基に行われます。もちろん返済が滞れば債務不履行や刑事訴追が待っており、全体の5%しか成功しないと言われる韓国のスタートアップには非常に厳しい条件として多くの起業家の前に立ちはだかっているのです。

韓国スタートアップが見出す希望

課題も多い韓国系スタートアップですが、新進気鋭の起業家たちから悲観的な様子は一切伺えません。

例えばスマホアプリ向け広告プラットフォーム「5rocks」は、韓国の高いスマホ所有率をテコにスケールに成功し、海外展開にも成功しています。美容コスメ通販の「Memebox」も、美容に関する関心が飛び抜けて高い韓国の民族性を活かし、現在ではスタンフォード大学で知られるパロ・アルトに本社を構えるまでに成長しました。韓国発オンライン数学教育プログラム「KnowRe」は現在アメリカで30以上の市町村に置いて教育機関と提携関係を結んでおり、韓国の厳しい教育制度をバネに成長した見本と言えるでしょう。

5rocks(5rocks CEO Chang-su Lee氏)

上記の例からは、民族単一性という課題を機会に変えようという機運の高まりが伝わってきます。また、シリコンバレーがあるカリフォルニアには韓国系アメリカ人が多く居住し、同じ文化観を持つ優秀な人材がITの中心地に多く存在することも、ネットワーキングの面で今後大きな役割を果たと期待されています。

最後に

一度は世界のコピー機と揶揄された韓国IT企業ですが、韓国最大手のサムスンはウェアラブル端末の開発に早々に乗り出すなど、コピー機と呼ばれた時代はもはや過去のものになりました。

韓国に起こる変化を象徴するのが次世代の韓国を担うと期待される江南区に集うスタートアップ集団であり、政府支援の甲斐もあって続々と事業の拡大や国際展開を推し進めているのです。

類似した文化背景や課題を抱える日本でも今起業ブームなるものが盛んに取り上げられており、相互に学び合う姿勢が両国の更なる発展の鍵になることは間違いないでしょう。