「お前はもう死んでいる」
北斗の拳のケンシロウの名台詞が、スタートアップの成長戦略策定プロセスにもたらす重要な意味を探ります。
*筆者はキャッチーな本記事のタイトルにご満悦の様子です。
死亡前死因分析
死亡前死因分析(pre-mortem analysis/プレモータム分析)は、組織の終焉を事前に予期し、その原因を探ることで成長戦略の策定を進めるマネジメント手法です。
医療の現場などで頻繁に使われる死亡後死因分析(post-mortem)が死後に死因を特定することを目的とする一方で、死亡前死因分析はまさにその反対の立場にあると言えます。
人間にとっての「死亡」、つまり組織の終焉とは、スタートアップを含む組織にとって考えうる最悪の事態です。
その最悪の事態にたどり着くまでの道筋を明らかにすることで失敗の可能性を極限まで下げようと試みる死亡前死因分析は、失敗しない為のリーンスタートアップやグロースハックに相通じる分析手法と言えるのです。
以下では、死亡前死因分析を実行するにあたっての準備と、たった2週間で1万人がウェイトリストに殺到したメール管理サービス「MailCloud」の実例をご紹介します。
Step 1. 中長期的目標を定義する
組織が終わりを迎える理由は様々ですが、包括的に見れば、組織を存続させる上で最低限必要な中長期的な目標(売上目標、目標利益など)を達成出来ないことが原因と言えるでしょう。
最低限必要な中長期的目標を定義することは、「死亡」を定義することと概ね重なり、死亡前死因分析の開始に欠かせません。
具体的な期限や数値とともに、目標を明確にすることから始めましょう。
Step 2. 最悪の事態と向き合う
組織を存続させる上で最低限必要な中長期的な目標が明確化されたら、次はその目標を達成出来なかった瞬間とその理由を探ります。
大きな夢を掲げるスタートアップにとってこのステップが最も辛いことは容易に想像出来ますが、最悪の事態とそこに到達するまでのプロセスをいかに具体的に想定出来るかどうかで、死亡前死因分析が単なる悲観論に終わるか、成長戦略の策定に寄与するかが決まります。
後述の「MailCloud」の実例でもお伝えしますが、最悪の事態に到達するまでの原因をいくつかのセグメントに分けて考えることで、より効果的な死亡前死因分析が可能になると言えるでしょう。
そして、このステップを行う上で絶対に忘れては行けない心得に、以下の3点が挙げられます。
①心が折れそうになるまで自社の弱点を突き詰める
②あらゆる面で、自社よりも他社の方が優れていることを前提に議論を進める
③失敗を恐れるのではなく、あとで後悔することを恐れる
辛く厳しい自己との闘いが予想されますが、死亡前死因分析の成否はこのプロセスの具体性にかかっていると言って過言ではないのです。
Step 3. サンク・コストを忘れる
死亡までの道筋が描けたら、いよいよ挙げられた弱点に対する対策の考案と実行に移ります。
このステップにおいても、前述の「あらゆる面で、自社よりも他社の方が優れていることを前提に議論を進める」ことが重要であり、現実的なプランニングが求められます。
また、このステップにおいて陥りがちと言えるのが「サンク・コスト(埋没費用=お金、時間、作業など、既に消費してしまい、もう取り戻すことの出来ないコスト)」にしがみつくこと。
特に既にサービスをローンチしているスタートアップにとっては、「弱点は見つかったけど、ここまで費用を割いたし、もったいないからこのまま進もう」という考え方が、死亡前死因分析を不意にしてしまう恐れがあるのです。
MailCloudの実例
MailCloudは、クラウド上でメールアカウントを管理し、効率的なメール管理を可能にする新進気鋭のサービスです。
決して「セクシー」と呼べる分野ではありませんが、ベータ版のウェイトリストには2週間で1万人のユーザーがサインアップし、現在までに21,000人を超えるユーザーがそのローンチを待ちわびています。
そんなMailCloudの創業者であるMalcolm Bell氏が、どのように死亡前死因分析を行ったのか、具体的な数値や分析により見出された戦略こそ明かしていませんが、自身のブログにおいてその概要を公開しています。
実際のプロセス
*本記事で紹介したステップとは必ずしも適合していません。
Bell氏はまず、以下の事態を想定しました。
・クローズドのβ版をローンチするも、誰も欲しがらない
・バグだらけで、適切にプロダクトが機能しない
・アプリのレビューは最悪
・基本的に全世界がMailCloudを嫌っている
次に、MailCloudのグロースチームは、上記の事態を招いた原因を、以下のセグメントに分けて思案します。
・プロダクト(UI/UX)
・マーケティング(チャネル/クリエイティブ)
・ポジショニング(課題の発見と解決法の提案)
・チーム管理/成長プロセス
Bell氏が公開する以下の画像から詳細を読み取ることは非常に困難ですが、ホワイトボードに4つのコラムを用意し、たった30分ほどで分析プロセスを終わらせたと綴っています。
各機能に焦点を当てるのではなく、より一般的な視点から取り組んだ死亡前死因分析の結果は満足の行く内容であったとも語っており、その結論についてもやや抽象的ではありますが、言及しています。
①不安の解消
【訳】誰もがスタートアップの終焉に向き合うことで、重圧から解放されました。失敗する可能性と十分に向き合うことで、不安が解消されたんです。
②成長プロセス(成長曲線)の重要性
【意訳】私たちは、(正しい)成長曲線を描き、管理し、着実に実行する限り、少なくとも知らぬ間に失敗したり、ユーザーが欲しくないものを作ったりすることは無いという点で同意しました。これが出来なければ、既に「歩く屍」状態と言えるでしょう。
③ユーザーが求めるプロダクトを作る
【意訳】組織のどんな弱点も、失敗をもたらす可能性を含んでいます。しかし、もしいくつかの弱点を抱えていても、ユーザーが求めるプロダクトを作りさえすれば、成功出来るんです。
④ノー・モア・無責任
【意訳】(死亡前死因分析によって、)チーム全員が平等に責任を担っており、誰かを責めることに何の意味も無いことを認識出来ました。
⑤プロアクティブに考える
【意訳】想像される失敗から反対方向に戦略を練って、その失敗を割ける為にシンプルなプランを実行していくことは、新鮮で、素晴らしい経験だったよ。
⑥失敗が想定通りに起こらないのは良いこと
【意訳】少なくとも、もし想定された失敗が実際に起きなかったとしてもそれは驚くべきことではありません。それは死亡前死因分析の成果ですからね。
⑦心地悪さが心地よくなる
【意訳】失敗を当たり前のことと認識できたことで、意識的に向き合おうとしなかった課題に立ち向かうことが今まで以上に心地よく、確信を持って実践出来るようになりました。
最後に
狙い過ぎとも言えるタイトルで始まった本記事ですが、リスク故に失敗と向き合うことが時に困難なスタートアップにとって、死亡前死因分析は非常に重要な役割を果たすと考えます。
「失敗を恐れないこと」と「失敗と向き合わないこと」の違いを理解し、本記事を今後の成長戦略策定プロセスに活用頂ければ幸いです。
参考文献:
Fake Your Own Death: The 4-Step Startup “Pre-Mortem”