初めまして、growth hack japanの内田貴也と申します。
この度、2014年3月に東京大学工学部を卒業し、株式会社Vapesにてグロースハックに関して学ばせていただく運びとなりました。どうぞよろしくお願いいたします。
ここで大前提として疑問にあるのは「そもそもグロースハックとは何か?」ということです。
昨今では、この「グロースハック」という語句を耳にする機会が度々ありますが、その定義に関しては曖昧なところが多く、語句が一人歩きしてしまっている感があります。
そこで、私個人の勉強も兼ねて、皆さんと一緒にグロースハックに関して今一度学んでいこう、ということで、計9回の連載記事を書かせていただくことになりました。
最後までお付き合いいただければ幸いです。
本記事は、KISSmetricsの共同創業者であるNiel Patel氏と自身もグロースハッカーであるBronson Taylor氏によって執筆された「The Definitive Guide to GROWTH HACKING」を翻訳してお届けしております。
目次
・ Chapter 1:グロースハックとは何か?
・ Chapter 3:海外の著名グロースハッカーが必ず押さえる6つのステップ
・ Chapter 4:グロースハッカーが駆使するコンバージョンファネルの使い方
・ Chapter 5:トラフィック獲得に欠かせない12のプル型テクニック(Pull tactics)
・ Chapter 6:トラフィック獲得に欠かせない4つのプッシュ型テクニック(Push tactics)
・ Chapter 7:プロダクトに「売れる仕組みを埋め込む」6つのテクニック(Product tactics)
・ Chapter 8:訪問者に訪問以上の行動を取らせる6つのアクティベーションテクニック
・ Chapter 9:海外のグロースハッカーが最重要視するユーザー保持のための9つのテクニック
Chapter 1:グロースハックとは何か?
目次
・ グロースハッカーの誕生
・ インターネットの普及による変化
・ ハッカーの意味合い
・ グロースハックの実例
・ インターネットビジネスの未来
・ まとめ
国内のみならず海外においても「グロースハック」は使う人によって好き勝手に定義されているのが現状です。
グロースハックとはマーケティング手法の1つ?、歳入を増やすためのただのバズワード?、それともインターネットを利用したプロダクトの将来像を表しているのでしょうか?
答えはいずれも不正解です。そこでまずはグロースハックという表現が如何に誕生したのか、ということから見ていきましょう。
「グロースハッカー」の誕生
「グロースハッカー」という表現は2010年、Sean Ellisによって初めて使われました。Seanがこの新たな表現を生み出す必要性を感じたのは、当時、自分の代わりとなる人材を発掘する上での苛立ちが関係していたのだそうです。
Seanはそれまでに数多くのIT企業が驚異的なグロースを遂げる手伝いを行っており、その内の数社を上場させることにも成功していました。
それによりSeanは、やがてシリコンバレーにおいて自社プロダクトのユーザー数を増やしたいと思った企業から必ず仕事の話がくる存在とまでなり、彼はどの仕事の依頼に対しても分け隔てなく対処したのです。
言ってしまえば、Seanは単独でグロースに必要な全てのスキルを備えていました。
依頼を受けた仕事が軌道に乗ったら、それを別の人に引き継ぎ、自身はまた別の所で仕事をこなしていく、という就労形態をSeanはとっていたのですが、この引き継ぎの過程で問題が生じました。
自身の代わりとなる人材を探す中で、応募者は皆、マーケティングの学位を取得し、マーケティングの経験を積んでいたそうですが、何か足りない要素をSeanは感じていました。
Seanは、自分が行っていた方策はマーケティングの教科書に出てくるよう典型的な手法ではなく、自分のポストを彼らに譲り渡しても上手くいかないことがわかっていました。
マーケティングの専門家(マーケター)は広範なビジョンを持っており、彼らの能力も非常に重要であることに疑いの余地はありませんが、起業間もないスタートアップには余分な存在となってしまいます。
スタートアップの初期段階に、「マーケティングチームの指揮・統括」、「顧客管理」や「企業目標を達成するためのマーケティングプランの作成」を行ってくれる人材が必要ないことは皆さんもご想像できると思います。
スタートアップに必要な唯一つの要素は「グロース」なのです。
そこで、マーケターの人材募集を行っていたからマーケターから応募が来るのだ、ということに気付いたSeanは、自身のブログで「スタートアップはグロースハッカーを探すべきだ」と記し、この時初めて、「グロースハッカー」という概念は誕生しました。
ここで注意すべきは、グロースハッカーはマーケターの代替ではないということです。グロースハッカーはマーケターよりも優れているということではなく、単純に彼らはそれぞれ違った能力を備えた人材であり、Seanの定義に従うならば、「グロースハッカーとは、唯一の達成目標がグロースであるような人材」ということになります。
すなわち、グロースハッカーはマーケターとは違い、スタートアップに最も必要なグロースのみに没頭することにより、それを達成していく人材を指します。これにより、従来のマーケティング手法とは異なる手法が誕生していき、今日も独自の発展を遂げています。
インターネットの普及による変化
・「プロダクト」の再定義
従来、マーケティングとは如何に既存の自社プロダクトを良く理解し、それを新規ユーザーに売り込んでいくのかということに重点が置かれてきました。
しかし、インターネット/ソフトウェアの発達により、自動車やシャンプー等のように実際に手に取ることができる従来プロダクトとは一線を画す、オンライン上のプロダクトを創ることが可能になりました。
この新しい、オンライン上プロダクトは従来のプロダクトとは異なり、ユーザーを活用することによって、プロダクトが自らを改善していけるという最大の特長を持っています。
Facebookのタグ付け機能や追加ストレージを無償提供する代わりにユーザーにプロダクトを広めてもらうDropboxの手法などがまさにこの典型例であり、シャンプーにはこのような機能がありません。
「グロースハッカー」の生みの親、Sean自身も何を隠そう、Dropboxのグロースに寄与した第一人者だったのです。彼がオンライン上プロダクトの強みを非常に良く理解していたことは下の画像からも伺えます。
グロースハッカーとは、ソフトウェアプロダクトが秘めている潜在性を熟知しており、それを実際にグロースにつなげていくことができる人材なのです。
・流通経路の変化
話をわかりやすくするために、マクドナルドを例に取り上げてみましょう。
1950年代初頭、アメリカ国内で高速道路が建設されていく中で、それらの幹線道路が顧客の獲得経路になることをマクドナルドはいち早く気付きました。
その結果、高速道路の出口には必ずと言っていいほど、マクドナルドがあるような状態になり、今日までファストフードチェーン店最大手として顧客獲得に成功してきました。
言うならば、これはオフライン・グロースハックであり、インターネットが普及した今、オンライン上での幹線道路を把握することにより、読者である皆さんも幹線道路の出口に自社の宣伝を行うことが可能になりました。
* 高速道路の代わりに、オンライン上ではGoogleなどのサーチエンジンによってデジタルな経路が形成されており、SEO施策を効果的に行えた企業は経路上にいる全てのネットユーザーの目につくようになります。
* 映画を観ようと思ったとき、我々は映画館にわざわざ足を運ぶよりも多くの場合YouTubeを利用します。
* 友達の家に実際に行くよりも、私たちはSNS上で友人と交流する機会が増えています。
マクドナルドの例と同様、オンラインインフラはプロダクトの流通に関して多大な機会を秘めており、オンライン上での人々の行動パターンを把握した企業は想像を遥かに超えるグロースの可能性をつかんだことになるのです。
上記の3つの例はいずれも今となってはありきたりな例ではありますが、まだまだ未開拓な手法が眠っていることは事実であり、そこを開拓していく意味で「ハック」という表現が用いられています。
「ハッカー」の意味合い
・ 独創的なハッカー
ハッカーという表現は賢く、独創的で創意あふれる人のことを指すことがあります。
彼らは手元にあるあらゆるものを駆使して、他の人によっては見過ごされてきたソリューションを実現します。「グロースハッカー」にも、グロースを遂げるためには独創的であることが求められます。
グロースを達成するための施策は明らかでない場合もあり、それを見つけるためには創造力が必要なのです。
・ ソフトウェアハッカー
ハッカーという表現は、ソフトウェアエンジニアを指すことがありますが、グロースハッカーはプログラマーであるか否かにかかわらず、目的を達成するために彼らはテクノロジーを最大限有効活用します。
テクノロジーとしてはソフトウェア、データベースやAPIなどが挙げられます。グロースハッカーがプログラマーである必要はありませんが、成功するためには彼らはテクノロジーに精通していることが必要です。
グロースハッカーがプログラマーでない場合も、彼らはコードを書いてくれる人材を統率できるだけのプログラミングに関する知識が不可欠です。
・ 違法なハッカー
ハッカーという表現はシステムに不正アクセスができる人を指すことがあります。
グロースハッカーは「不法」という意味でハックは行いませんが、許容される境界を押し広げようとします。
コンピュータハッキングで知られている概念として「zero-day exploit」というものがあります。これは知られた途端、システムを脆弱にするセキュリティ・ホールのことを指し、不正アクセスを行うハッカーはこれらのセキュリティ・ホールを利用します。
同様に、グロースハッカーは新しいソーシャル・プラットフォームがAPIを公表したとき、彼らはAPIの抜け道を、閉ざされる前に活用しようとします。
グロースハッカーとは、合法の範囲内でグロースを可能にするシステムの脆弱性を常に探しているのです。
グロースハックの実例
さて、ここまでに「グロースハック」という概念誕生に関する手短な歴史、グロースハックを可能にしたインターネット普及による影響を見てきました。
そろそろ皆さんから抽象的な話ばかりではなく、グロースハックの実例見せろ!という声が聞こえてきそうなので、Airbnbを実例として取り上げてみましょう。
growth hack japanでも度々取り上げており、ご存知の方も多いと思いますが、Airbnbは、ユーザー登録している人が自身の家で空いているベッドルームを、Airbnbに登録している他のユーザーに宿泊先として提供できる空き部屋シェアサイトです。
アイディアの発想自体、素晴らしいものがありますが、Airbnbが今日のような知名度を得ることができたのはひとえにグロースハックに成功したからだと言えます。
彼らはアメリカの宿泊先検索サービスを提供しているCraigslistを利用してユーザーベースを拡大しました。
新規ユーザーが自身のベッドルームをAirbnbに登録するときに、彼らはユーザーにCraigslist(毎月20億PVを超えるクラシファイドコミュニティサイト)にも宿泊先としてそのベッドルームを登録できるようにしたのです。こうすることにより、CraigslistにAirbnbのリンクを掲載することに成功しました。
この手法は、後から言われてみれば至極当然なものにも見えます。そして、なぜ他の企業も同様にCraigslistに自社プロダクトのリンクを掲載して、ユーザー獲得のために活用しなかったのか、と疑問に思われるかもしれません。
その答えは、Craigslistには他社が自由に使えるAPIがなかったからです。つまり、Airbnbのような他社サービスのリンクを簡単に掲載できる機能を提供していなかったのです。
さらに、CraigslistにAirbnbの宿泊先リストを自動的に掲載できるようにするためのソリューションを当時Airbnbは持ち合わせておらず、参考とできる先行事例もありませんでした。
そのため、彼らはCraigslistのプログラムコードを確認することなく、Craigslistに宿泊先を登録するための仕組みを探り、自社のプロダクトをCraigslistと互換性を持たせるために、Craigslistが提供しているシステムからプログラムコードの仕様や設計情報を探っていく(リバース・エンジニアリング)ほかなかったのです。
このケーススタディーとこれまでお話してきたことを照らし合わせると、、
- ① Airbnbは従来のマーケターでは発想・実行することが難しかったであろうことを成し遂げました。旧来のマーケティング手法しか習得していない人は、上で見たようなCraigslistとの統合を技術的にも概念的にも可能にしてくれないでしょう。
- ② Airbnbは自社のプロダクト自体をプロダクトの普及に活用しました。Craigslistとの統合はAirbnbにとって外的な要素ではなく、システムの一部だったのです。彼らは広告掲載を一切することなく、Airbnbというプロダクト自体がトラフィックを呼び込んだのです。
- ③ Airbnbは自社プロダクトに関心を持つネットユーザーが通るオンライン上の幹線道路がCraigslistであることに気付いていました。彼らのターゲットユーザーは既に別のサイトに集まっていたのであり、それを活用したのです。
- ④ Craigslistをクロス・プロモーションに活用したという点で彼らは独創的でした。誰かから教わったのではなく、自分たちだけで発想し、さらには、それを実行に移せるだけの根性と技術力を持ち合わせていたのです。
- ⑤ Airbnbの手法はコンピュータ・テクノロジーをフル活用していました。彼らが実践した手法はコーディングに関する熟練した技術、及びCraigslistをリバース・エンジニアリングするために、ウェブプロダクト設計に関する深い理解を必要としました。
- ⑥ Airbnbはユーザーを獲得するために、システム上にある抜け道を活用しました。Craigslistが自由に使えるAPIを提供していなかったのには理由があり、彼らは自社プラットフォーム上でAirbnbのようにクロス・プロモーションをしてほしくなかったのです。AirbnbはAPIの提供なしに可能な領域を自力で押し広げ、成功したのです。
このように、Craigslistとのシステム統合によりユーザーを飛躍的に増やすことに成功したAirbnbですが、現在は、Craigslistは自社プラットフォーム上にあった脆弱性を修正したようです。
これはグロースハックのもう一つの特徴でもあり、多くのグロースハック手法には有限の寿命があります。Airbnbの手法のようにCraigslistのユーザーをじわじわと取り込んでいくことをCraigslistがいつまでも許容しているはずもありません。
しかし、一時的とはいえ、Craigslistのシステム上の脆弱性を活用したAirbnbは事業を軌道に乗せるには十分なユーザー数を獲得したのです。
参考記事
Airbnbのデータの使い方 − 時価総額1兆円に達した理由 −
インターネットビジネスの未来
グロースハックはインターネットビジネスを展開する企業の未来像を垣間見せてくれます。以前はプロダクトの開発チームとマーケティングチームとの間には距離感がありました。
確かにそれで上手くいっていた時期も過去にはありました。しかし、現在はグロース担当者はAPIに関して学ぶ必要性があり、プログラミング担当者はプロダクトを通したユーザー体験に考えを巡らせる必要性が出てきました。
この異分野の相互交流は当然と言えば当然で、グロースが企業全体の活力源であるならば、企業の隅々までグロースという概念が浸透してしかるべきでしょう。
さらに言うならば、カスタマーサポートセンターやデザイナーですら、グロースに関する企業目標を共有しているべきなのです。なぜなら、顧客を怒らせると非常に面倒であり、美しい芸術が必ずしも顧客獲得にはつながらないからです。
最後に、グロースハックは主にスタートアップ企業のみに注目されていますが、いずれ、総収入基づいてランキング付けされた上位500社(フォーチュン500)にもグロースハック手法が共有される日が必ずや来るでしょう。
スタートアップは一般的に自社内の資源に乏しく、旧来のマーケティング手法を効率良く行うことが困難であるため、どちらかというと必要に迫られてグロースハックを行っています。
しかし、社内資源が豊富であることがグロースハックを阻害することはなく、むしろ、企業資源が豊富である大企業の方がグロースハックを遂げるには、好位置にすらいるのです。
本連載の目次:
まとめ
・ マーケターは重要ですが、企業間もないスタートアップにはグロースにより的を絞っている人材が必要なのです。
・ インターネットプロダクトはグロースに関する考え方を劇的に変えました。プロダクト自体の特長がグロースの要因となりうるのです。
・ プロダクトの流通経路は今、インターネットの普及により変化しており、人々のオンライン上での行動様式を把握した人はグロースハックに必要な前提条件を手に入れたも同然なのです。
・ グロースハッカーはプロダクトと流通経路に関する知識を活かし、独創的で、IT技術をフル活用したグロースの方策を見つけることにより、周囲から期待されていた以上の仕事を成し遂げることがあります。
・ Airbnbはグロースハックを体現した企業の良い実例なのです。
・ グロースハックは現在、スタートアップのみが行っていますが、いずれはより大きな組織内でも見られるようになることが予想されます。