まえがき



グロースハック

本ニュースメディアのタイトルにもあり、日本のマーケティングやウェブ業界を賑わすバズワードとなりつつあるコンセプトです。

アメリカのスタートアップ文化に起源を発し、旧来のマス・マーケティングに一石を投じたグロースハック。このコンセプトを日本に広めた第一人者が、ソーシャルメディア時代のマーケティングに風穴をあけることが期待されるスタートアップ、AppSociallyのCEO高橋雄介氏です。

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科にてPhD(博士号)を取得後、人に直接かかわる仕事がしたいと起業を決意。モバイル・ファーストの流れを先読みし、ディベロッパーが集結するサンフランシスコへ検証の旅に出向いた高橋氏が魅了された新時代のマーケティングコンセプトがグロースハックでした。

現在は若手スタートアップの出発地点としても知られるサンフランシスコに拠点を据えるAppSociallyですが、高橋氏はグロースハックの普及に貢献すべく、日本でも講演、取材、イベントに積極的に参加。同じ目的を共有するgrowth hack japanでは予てより高橋氏と接触の機会を窺っており、この度一時帰国された高橋氏に待望の独占インタビューの機会を頂く運びとなりました

日本においてグロースハックの普及に努める一面、AppSociallyを通じてグロースハックをスタンダードに変えようと試みる起業家としての一面の両方を余すところなくお伝え致します。

グロースハックが共通言語になる意味



—予てより高橋さんのインタビュー記事やブログを拝見しており、グロースハックを日本にも普及させたいという想いに共感しておりました。現在はサンフランシスコを拠点に活動なさっていると伺いましたが、そもそも日本にグロースハックを広めるに至った背景をお聞かせ願えますか。

グロースハックを知ったのは、AppSociallyを立ち上げる前にサービスのアイディアを検証すべくサンフランシスコに出向いたのがきっかけです。現地でニーズ調査を行う中でグロースハックに出会い、実際に直接グロースハッカーの話を伺う機会にも恵まれ、魅了されました。

僕自身がその考え方や彼らが達成した成果に感動したので、日本の皆さんにもそれを共有したいと思ったのが2年ほど前の話になります。その後、growthhacker.jpのドメインを取得して、関連した記事を書き始めました。

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【Innovation Weekend Grand Finale 2013にてパネルディスカッションに参加する高橋さん(左)】

-高橋さんはAppSociallyの経営と二足の草鞋で普及活動を行っていますが、ご多忙にもかかわらずグロースハックの普及にも注力する理由はどこにあるのでしょうか。

普及活動というよりは、どの企業にとっても今後重要になると思っていますので、僕が最初に感動した感覚を少しでも日本の皆さんと共有したいという思いが一番強いです。

特に、グロースハックが共通言語になることには2つの価値があると思います。

一つは雇用のミスマッチがなくなること。グロースハッカーはこういう能力があるということが分かれば企業は人材を採用しやすくなるし、取った後にミスマッチに気づくといった間違いも無くなります。

現在シリコンバレーにはおおよそ50~100人の経験と実績のあるグロースハッカーが存在すると言われていますが、10年後には世界の企業の50%がグロースハッカーの役割を担うグロースチームを持つようになると推測されています。それだけに、グロースハックが雇用の共通言語になる意味は今後大きくなると思います。

そしてもう一つは組織内での共通認識が高まるということ。実際に様々な企業から「今まで社内でやって来たことがより明確になった」という声を聞くようになりました。

具体的には、グロースハッカーのようにタスクや成長をAARRR*に分割して考えられるようになったおかげで、


  • ・どういった指標をメトリックとしてトラッキングすれば良いのか

  • ・課題がどこに存在するのか

  • ・今組織がどのフェーズにいるのか



等がより明確な共通認識として社内に存在するようになったという反響を耳にします。

*AARRR=Acquisition(ユーザー獲得)、Activation(利用開始)、Retention(継続)、 Referral(紹介) Revenue(収益の発生)のユーザーライフサイクルの頭文字を取った頭字語。AppSociallyの株主でもある500 StartupsのDave McClure氏が提唱。


アメリカ、そして日本におけるグロースハックの現在と未来



—アメリカでは日本に比べてグロースハックがスタートアップを中心に浸透していると思いますが、高橋さんが見るアメリカにおけるグロースハックの現在についてお聞かせください。

今アメリカには、2通りのグロースハッカーがいます。

ひとつはフェイスブックなどの急成長した新興企業で会社のグロース促進を担うグロースハッカー。こういった企業にはデザイナー、UX、UI、エンジニアなどのプロフェッショナルを擁した数十人規模のグロースチームが存在します。皆さんが何気なく使うフェイスブックのタグ付けも、心理学を熟知したUXのプロによって考え出されたグロースハックの成果なんです。

他方では、より小規模なスタートアップでグロースハックを実践するグロースハッカーも存在します。彼らは、予算の限られた中で必要に迫られてグロースの課題に工夫をして取り組んできた人たちです。ツイッターのような大企業は、市場環境などの外部要因が原因で失敗した実力のある小規模スタートアップを買収するグロースチーム採用戦略も取っており、グロースハッカーの需要の高さが伺えます。

しかし、グロースハックが比較的新しい考え方だった事と、そのため、専門家があまり存在していなかった事が理由で、多くの企業にとってどのようにグロースハックを開始し、継続していったら良いのかは分かりにくいものでした。実際に弊社の製品を検証するためにシリコンバレーに滞在した際にも、多くの企業から「(主に)モバイルのユーザ獲得に苦労している」「グロースハッカーという存在を耳にするようになったが、どのように実践したら良いのかも、どこで採用できるのかさえ分からない」と言ったフィードバックをたくさん頂き、AppSocially誕生のきっかけにもなりました。

-日本でも最近にしてようやくグロースハックが認知度を高めてきましたが、まだまだバズワードの域を出ていない印象を受けます。高橋さんの目から見た日本のグロースハックの現状をお聞かせ下さい。

日本でも、楽天やYahoo!、新進気鋭の企業だとnanapiやVASILY、pixivなどは、優れたグロースハックを実践している企業だと思います。他にも、スタートアップの創業者や、ソーシャルゲームのプロデューサーなど、グロースチームの一員として海外で十分活躍できる人材は多く存在すると思います。

なかなか注目をあびる機会が少ないのは、単純に日本から海外へニュースが届けられなかったり、シリコンバレーから届く情報の方が注目を浴びやすいっていうだけじゃないですかね。

今後の発展に関して言えば、日本でも世界と同じように多くの企業がグロースチームを内製で抱えるようになると思います。例えばYahoo!ショッピングが今年出店を完全無料化しましたよね。これによって、より多く出店されるようになるとすれば、Yahoo!自身に集客を期待する事は難しくなると思われますので、クリエイティブなマーケティングが不可欠になるのではないでしょうか。また、日本でも米国におけるツイッターやフェイスブック、グーグル同様、採用の難しいグロースハッカーを囲う人材買収戦略を採る必要性が高まるのではないでしょうか。

-今後日本のスタートアップが世界へ進出することが期待されるが、その際にもグロースハックは1つの成功の鍵になるのでしょうか。

グロースハックが鍵となるかは分かりませんが、グロースハッカー的な考え方やスキルを持っていれば失敗は少なくなると思います。そうでないと、少人数で素早く予算をかけずに成長することは難しいですからね。

グロースハックは、「失敗しにくくする」ために行う顧客開発やリーンスタートアップが根付いたシリコンバレーにおける、エンジニアの新しい役割という解釈ができるのです。ただし、ハックという言葉からプログラミングなどのスキルを連想してしまいますが、グロースハッカーになるためにプログラミングが出来る必要は必ずしもないと思います。

ただ、ソーシャルメディアのような無料で多くの人にリーチできるメディアが存在する時代にあって、クリエイティブにマーケティングをしようと思ったら、ソーシャルメディアを最大限に生かさない手はないですよね?であるならば、例えばコードがかけなくても、フェイスブックやツイッターのAPIのドキュメントを熟読していることは、重要になると思います。


会社の創業メンバーに関して言えば、良質な商品を作って口コミで伝わりやすくするための仕組みを実装できる、デザイン、UI、UX、プログラミング、カスタマー・ディベロップメントなどの実践的スキルを持つことが重要になると思います。

-米国では既に「従来のマーケティングと何が違うんだ」、「単なるバズワードに過ぎない」といった議論も起きていますが、今後も普及活動には注力される予定ですか?

議論が起こることはむしろ良いことだと思っています。学問はいつも議論が生まれてはじめて成長していくし、グロースハックも今はその過程にいるのではないでしょうか。ただ、グロースハックは学問というよりも、ひとつのプロフェッショナル領域として成長していくと僕は予測しています。

蛇足ですが、慶應義塾大学SFCなどに、こういった専門性を習得できるプログラムが創られても良いのではないかと思っています。

僕自身もグロースハッカーと名乗るつもりはなくて、まだまだ皆さんから勉強させて頂いている身ですので、僕が学んだことは今後もどんどん皆さんに共有していきたいと思っています。



グロースハックの一般化を目指すAppSocially


goviral

-ありがとうございます。ここからは、グロースハック普及活動からAppSociallyに焦点を移し、グロースハックをスタンダードに変えようと試みる高橋さんの起業家としての顔に迫りたいと思います。まずはAppSociallyが果たす役割についてお聞かせ願えますか。

AppSociallyは、従来であれば工数のかかる、優れたグロースチームを持った会社が実装するようなスマホ・アプリのリファラル(=招待)機能の実装を、1行のコードの追加〜多くても30分程度のカスタマイズで可能にするSDK提供サービスです。AppSociallyを使えば、必要なメトリックのトラッキングや改善までをワンストップで実施することが可能になり、AARRRのリファラル部分の最大化につながります。

-数あるウェブサービスの中で、リファラルに特化したアプリ最適化サービスを立ち上げるに至った経緯をお聞かせ下さい。

元々は『株式会社一人企業』の代表としてクラウドソーシングやソーシャルメディア上の未成年の保護を含むWEBサービスを提供していましたが、2012年の1月を境にチームでスケール出来る環境やサービスを次のステップとして考えるようになりました。ちょうどその頃シリコンバレーを中心にモバイル・ファーストがWEBの主流になり始めていたこともあり、モバイル開発者向けサービスに目をつけ、同年の3月にアメリカ・サンフランシスコにサービスの検証旅行に出たんです。

現地では「Lean UX ( Jeff Gothelf, Josha Seiden 著 )」、「アントレプレナーの教科書 ( Steve G. Blank 著 )」といったリーンスタートアップ関連の本を毎晩熟読して、カスタマー・ディベロップメント(顧客開発)を日々実践しました。「検証結果が出るまではコードを一行も書くな」というIan McFarland氏の教えに忠実に、タイトル、タブライン、機能説明、連絡先などを詰め込んだ一枚のPDFを現地のディベロッパーに御見せし、ニーズを探ってはそのPDFを毎晩更新し、徐々に商品の機能に関する詳細を詰めていきました。

iPadで逐一フィードバックを手書きしながら最終的にイラストレーターを用いて資料を完成させるのですが、「この機能良いね」、「こんなの必要ないよね」、「これさえあればすぐにでも契約するよ」といった見込み客の声が直に届いて、最終的には、コードを一行も書く前にいくつかの契約をとる事ができましたAppSociallyがリファラルの最適化に焦点を当てるのも、検証中に届いた「リファラル機能を内製で作るのは大変」、「トラッキングコードの挿入ミスが多い」といったディベロッパーの生の声に基づいた結果なんです。

〈検証初期段階の資料〉

AppSociail.ly Oveview from Yusuke Takahashi


〈検証後期の資料〉

AppSocially: Product Milestone from Yusuke Takahashi




-従来のグロースハックは商品開発とマーケティングを一括で行い、商品にバイラル効果を埋め込むことがセオリーとされてきましたが、アウトソーシングでリファラルを強化するAppSociallyはある種のパラダイムシフトをもたらしたと考えて良いのでしょうか。

その考え方は全く違っていて、僕らの提供する価値は、これまでマーケターの方がやってこられたような組織構成、業務内容のままでも、 モバイルのアプリについて、ユーザ獲得のためのグロースハックを実践しやすくする環境を提供する事です。

グロースハッカーの考え方として重要なのは、完成した製品をPR担当が売りに行くのではなく、良質な製品を作って、良い製品だということが口コミで伝わる仕組みを埋め込もうという考え方です。

AppSociallyを利用する企業はリファラルの改善を完全に弊社にアウトソースするわけではなく、大企業のグロースハッカーが口コミによる拡散を促すために行う①リファラル機能の実装、②検証に必要なメトリックのトラッキング、③そしてその結果出たデータに基づいた改善作業までのプロセスを、グロースチーム運営の経験のない企業や、リソースの限られた小規模スタートアップでも簡単に導入できるように一般化したサービスがAppSociallyなんです。

パラダイムシフトというよりは、ユーザー心理に基いてクリエイティブを考案してきたいわゆる通常のマーケターが、今まで通りの仕事をしながらより効果的にグロースを促進出来るようにサポートするのがAppSociallyとお考え頂ければ良いと思います。

-モバイル開発者向けサービスは競合も多い中、AppSociallyはアメリカスタートアップの登竜門として知られるベンチャーキャピタル/インキュベーションプログラム 500 Startupsから出資を受けました。日本生まれ日本育ちの高橋さんがそもそもなぜアメリカで起業を試みたのでしょうか。

モバイルディベロッパーの母数が格段に大きいことがAppSociallyの拠点をアメリカに据えた最大の理由です。

また、AppSociallyを立ち上げる前に起業家育成プログラムのオープンネットワークラボに第一期生として参加し、普段では絶対話すことの出来ない海外の有名起業家と偶然エレベーターの中で遭遇出来た経験も大きかったです。オープンネットワークラボはシリコンバレーの飛び地みたいになっていて、海外の有名起業家から「君面白いからまた今度連絡してよ」なんて会話も多く、シリコンバレーの文化を肌で感じ取ることが出来ました。

厳しい環境なので、ニーズや利点が無い限りシリコンバレーにこだわる必要はありませんが、シリコンバレーには起業家を取り巻く環境に助け合いの文化が根付いているので、素晴らしい環境だと思います。

500 Startupsから招待を受けた際にプログラムへの参加を決めた理由も、異邦人である自分はまずコミュニティに入って現地の文化になじむ必要があると感じたからです。インキュベーションプログラムの開始に合わせてマウンテンビューにオフィスを開設しましたが、現在は若手スタートアップの出発地点として知られるサンフランシスコに拠点を移し、僕を含む日本人エンジニア3名、アメリカ人エンジニア1名、韓国人エンジニア1名でAppSociallyを運営しています

500ss

Thrifty Startup by 500 Startups (Parody of Macklemore's Thrift Shop)より抜粋】

-全員がエンジニアということですが、営業及びマーケティングは高橋さんが全て管轄しているのですか。

はい、現在は僕一人で営業、マーケティング、ビジネス開発、資金調達に取り組んでいます。いろいろ工夫しながらなのですが、スタートアップの創業者として試行錯誤しながら実践しているこのプロセス自体が、見方を変えてみると、とてもグロースハッカー的なのだと思います。

グロースハッカーだったら広告費をいくら割いてとは考えず、まずは自社製品がどのように拡散するかを考えてターゲットにアプローチしますよね。AppSociallyの場合はディベロッパー相手だからディベロッパーが集まるコミュニティーに積極的にアプローチするし、YouTube、SlideShare、Facebookなどのソーシャルメディア活用やクリエイティブなストーリーを駆使したPR手法も今後は実践していく予定です。


-様々な質問に丁寧にご回答頂き有難う御座います。最後に、AppSociallyの今後の展望をお聞かせ願えますか。

皆さんが良いアプリに自然に出会うことができるような世の中にしていけるように、今後も事業に集中していきたいです。「このアプリすごく良いんだよね。」って隣に座っている友達に共有するときの、あの興奮や感動が、オンラインでも伝わるような環境を提供していけたらと考えています。


インタビューを振り返って



実際にグロースハックを実践する高橋さんだから語れるグロースハックの現在と未来。

どこを切り取っても学ぶことの多い充実したインタビューとなりました。

リスクとは振れ幅のこと

記事の都合上インタビューには収まり切りませんでしたが、高橋さんに「母国語ではない英語が話されている米国で、ゼロから起業する事について不安やリスクは感じていませんか?」と質問した際に返ってきた言葉です。

投資理論において、リスクとは何も危険や損を指すのではなく、リターンの振れ幅(リターンの最小値と最大値のスパン)を意味するそうです。ピンチの裏側にはいつもチャンスが存在し、リターンの最小値ばかりに目を取られるよりも今できる事を着実にこなすことが大切だというメッセージが込められており、実際に大きなリスクを取る高橋さんだからこそ説得力のあるお言葉でした。

お忙しい中貴重なお時間を頂き、有意義なインタビューとなりましたことを心より感謝しております。

プレゼントのお知らせ



高橋さんのご厚意により、AppSociallyのノベルティグッズ(Tシャツ&ステッカー)を抽選で2名様にプレゼント致します!

詳しくはgrowth hack japan公式Facebookページをご確認下さい!